10年前の今日この日に。肺がんステージ4のオットのとAYA世代ツマの看病記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前の夫婦ふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します・・・・・・とやってみたのですが、1カ月分の転記で挫折。さらに時を経て、13回忌を迎えた今年、日記を転記していきます。とりあえずツマ分から。当時のAYA世代の患者家族の記録ということでアップしていきます。

2017-01-01から1年間の記事一覧

2007年3月13日(火)

母、ストマ外来、CT。 母が通うのは、オット君が入院している病院。 病院に着くと、オット君に人参ジュースを渡す。 一晩で早速引っ越し。二人部屋だそうな。 ロビーで会うと、オット君、なんか一晩で胸のあたりが げっそり痩せた感じで、たまらない気分にな…

2007年3月12日(月)いよいよ入院

いよいよ入院。 でも、家を出たところで、診察券をどこに入れたか忘れ、途方に暮れる。 結局思い出したが、オット君をまたがっくりさせる。 仕方ない。 病院につくと、義父母、きていた。 病棟はなんかずいぶん静かで、外来と雰囲気が違って焦る。 食堂も窓…

2007年3月11日(日)入院前日、ゴッホの絵に会いに行く

オット君は、100円ショップにトマト缶を買いに行き、 パスタをつくってくれる。 ほうれん草を入れ忘れ、具なし…。 たまたま残っていたおひたしをいれた。助かる。 天候が昼から晴れといっていたが、強風で怪しい。 でもどういう状態で退院できるか分からない…

2007年3月10日(土)

お昼、パンを食べた。 家にいると、背中が痛いそうだ。 あーー。ため息ばかり出る。 眠くなったと昼寝。 もう少ししたら、買い物にいくつもり。 入院前、こんなんでよいの? 昼寝の間、肺がんから副腎に転移というブログを検索してみる。 少ないのかな。それ…

2007年3月9日(金)

背中の痛みがひどいらしく、 昨晩今日と、ロキソニンは控え、イヴを飲む。 気管支鏡の影響ならいいが、心配。 13時、病院から電話。 入院が12日11:00〜にきまった。 いよいよだ! どんな状態で退院出来るか分からないけれど、 治すしかない。がんばれ! そう…

2007年3月8日

ipodが見つからない。 スポーツクラブに忘れてきてしまったかと思い、 電話をすると、そういう届け物はないという。 大ショック。さい先悪い気がしてしまう。 オット君にipodが見つからないことを言うと、 「こういうところは変わらないね」。 でもしばらくし…

2007年3月7日(水) 検査の日

ツマ子:検査の日 9:00 チェックイン 9:30 気管支鏡 相当大変だったらしい。 リカバリ室に入ってから、私は呼ばれた。 水色の紙のような服とキャップをかぶっているオット君の姿は すっかり病人で、ぎょっとした。 喉を麻酔しても、全然きかなかったみたい。…

2007年3月6日(火)

オット君の日記を覗き見。 背中の痛みが日増しに強くなっているという。 どうぞ、副腎以外に転移していませんように。 今日は、会社に産業医の先生が来る日。 子どものこと、花粉症の相談など。 子どもどうしたらいいんだろう。 私よりかわいそうな思いをさ…

2007年3月5日(月) 何ごともなかったんじゃないかという気持ちと、絶望といったりきたり

今日は、オット君は会社。 人参ジュースを飲んで出かけた。 ああ、胸が重い。 早く「よかったですね。治りました」という声が聞きたい。 夢であってほしい。 昨日、『転移した方へ・・・』というような本を読んだ。 むくみ、末期にあらわれる、ひどくなる前に…

2007年3月4日(日):一日一日を大切に過ごすということがなんと難しいことか

母は、友達と食事会。 こちらは、昼にオット君両親が家に来た。 わたしがいないほうがしゃべりやすいこともあるかと思い、 スポーツクラブへ。 「3人じゃ、墓のことくらいしかしゃべることないだろう。 墓のことを言ったら、何ばかなことを言っているんだ」で…

2007年3月3日 不安でいっぱい

ツマ子の日記 今日はツマ子実家へ。 母はゴルフに行くかもと言っていたが、「起きる気になれなくて」とメール。 オット君のことを心配しているのかなぁ。悪いなあ。 それで、オババの方が具合が悪くならないといいけれど。 人参ジュースをつくる。 駅で人参を…

ツマくま子@2017:10年前の今日に

10年前の2007年3月。 ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。 40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。 肺腺がん 副腎転移 ステージ4 手術は適切ではありません。 1年生存率は50%です。 当時の闘病、というより日常を、 夫と私、そ…