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10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君

2007年4月12日(木)晴れ

 

朝7:30に早起きし、9時過ぎに病院へ。

 

S先生より、前の病院のO先生と話した末、

尿量やら質から腎臓の働きをみて、薬量を決めるということで、

1日遅らす事となる。

 

カルボプラチン1000mgはかなり多いらしい。

 

尿を出すのみ。今日は病院でのんびりすごす。

母と叔母、ツマ子が来てくれた

あ、それから夕方、会社の健康管理室の看護師さんもきてくれた。

オット君:絶望的な空気とはこういうものだろうか

2007年4月11日 結果説明

 

腺癌、PETでも陽性。大腸のがんを疑ったが、

免疫染色で、肺がんの転移と判明。

 

転移の芽がばらまかれている可能性。

根絶やしにできない。

抗がん剤

 

ここだけしか出てこないということであれば、手術の可能性もある。

 

抗がん剤2回目:この病院で、

3回目:前の病院に戻ってやる。

 

パクリタキセルの副作用、筋肉が解ける、末梢神経

総量を3回に若手、この方が副作用が少ない。

 

さてさてこのような結果であった。

 

これがお不動様のお導きであれば、仕方ない。

ツマ子は泣いた。

父母も暗い。

 

絶望的な空気とはこういうものだろうか。

 

抗がん剤について、

前の病院のO先生に電話したところ、4月17日(火)になるというので、

2回目の抗がん剤はいまの病院で受けることにした。

薬師如来様に頑張ってもらおう。

そしてそれを後押しする治療法を検討しよう。

オット君

2007年4月11日(水)曇りのち雨

 

昨夜の方針変更は大正解であった。

夜尿1回、起きて1回のみ。

朝の体温は37.0℃で、だるさはかなり軽減した。

 

おかげでAMはコンニャクをできた。

昼食前、36.9℃。

昼食後はダンベル体操、呼吸を重視し、ほんのり汗を感じる程度、

30分弱位やった。

 

ツマ子は、きょうだいからの電話にオババがなんでもしゃべっていることに

激怒した。

ぼくはツマ子をなぐさめるべく、寝室のツマ子の話を聞いた。

もっともだと思った。

 

でも、あれほどツマ子に怒られても、

オババはお友達に電話をし、楽しげに話して気分転換していた。

そして公園に散歩に行くと、出て行った。

あれだけ言われても動じない、無かったことにしてしまう、

強い人だと思った。

 

この出来事により、俺は公園散歩が遅れた。

気を取り直して散歩に出ると、雨が降ってきた。

公園内を3周し、後はマンションの駐輪場をひたすら歩いた。

かなり体調の良さを実感した。

 

17:30に母が迎えに来てくれた。

さあ、いよいよ病院で説明だ。

質問事項を考えておかねば。

オット君

2007年4月10日(火)晴れ

 

夜尿2回、おとといの夜ほど痛みはなかったものの、

やはり朝はけだるい。

でも呼吸法他、一通りのメニューをこなすことができる。

それから食欲がとてもあるのと、

便がしっかり出ることは有難い。

 

AMはツマ子が11時から歯医者。

オババは追うようにゲルマを11:30に予約して出て行った。

 

のんびり何もしない留守番。

少し横になった。

 

昼過ぎに二人揃って帰ってきて、

ツマ子が昼食を作ってくれた。

オババは少しだるそうだ。

 

14時に父母が来ることになっていたが、

結局来たのは母だけ。

連日の小ドライブ。

今日は、キムチを入手。

一度家に帰り、灯油ポリを取り、スタンドへ。

 

その後、近所の観光スポットを30分くらい見学し、

母と別れ、家に戻る。

う〜ん、夜までまだ時間があるぞ。

 

結局、ツマ子と、東バの白鳥の湖を観に、東京文化会館へ。

S席5列30番31番12000円を、

都合が悪くなった人から2枚20000円のA席料金で譲ってもらった。

素晴らしい席だった。

とてもラッキー。

 

くるみ割りより、暗い部分が多くて、お尻が痛くなったが、

バレエ団もオケもとても上手だった。

王子役がいかにもで、

多分彼の人気だろうか、立ち上がって拍手を送る人が結構いた。

 

来て良かった。

 

タクシーで楽に移動。終わって楽に我が家。すばらしい。

免疫増えた。

 

帰るとオババが食事を始めたところだった。

我々も追っかけたが、オババは吐き気で食べられなくなり、横になった。

今日はこれまでで最も辛そうだ。

 

風呂を格段に軽くし、

電気毛布もやめた。

どうやら大正解のような気がする。

 

 

オット君:すれ違い家族

2007年4月9日(月)

 

実は4月3日以来、すっかり日記をさぼってしまった。

記憶を頼りにさかのぼった。

やっと今日になった。

 

昨夜はトイレに4度くらい立ち、睡眠の質悪く、

今日もAMだるい。

 

昼にお母ちゃん、弟に加えて、叔母さんもくるとのことで、

あがってもらわず、俺が下りていく。

そして和食の店へ。

 

旨かったのに、態度が悪く、残念だった。

その後、近くの店にいくも、休み、休み。

結局、ケーキ屋、アップルパイ屋で甘味を買い、家に。

ツマ子とオババは買い物に出るところだった。

 

ふたりが帰ってくると、

今度は母ちゃん、弟、叔母がいそいそと片付け、帰って行く。

 

すれ違い家族。

まあ、こんなもんかな。

 

夜、痛みと熱の原因が風呂であると断定する。

明日から風呂を格段に軽くしよう。

オット君

4月8日(日)

 

睡眠の質が悪く、AMだるい。

昼にお母ちゃんが来て、4人で家で食事をした。

 

その後、バアちゃん、叔父叔母いとこが来た。

それに先立ち、オババはゲルマ温浴にいった。

 

親戚一行は、イスに座ることなく、5分で帰った。

一目顔を見たかったようである。

夜中、背中がメチャメチャ痛み、ツマ子に湿布を貼ってもらった。

 

この痛み、死へのプロセスなのだろうか。

少し不安になる。

オット君

2007年4月7日(土曜)

 

この日になっても、オババこと、ツマ子の母が

温泉に行くのか行かないのかはっきりしない。

 

これが理由で、自然食品の店にいく散歩の途中、

ツマ子と本格的なケンカとなった。

前日あたりから、俺は右足の裏が痛み、

早く歩けなかったが、ツマ子はすたすた行ってしまい、

とうとう神社のあたりではぐれた。

自然食品の店に行っても、いない。

 

右足が痛いので、よたよた帰った。

家にツマ子はまだ帰っていなかった。

俺はカギを取り、自転車で図書館に。

 

同居といのは、なかなか難しいものである。

気を遣って世話をしようとするオババと、

世話をされたくない俺。

ま、話して伝えていくしかないな。