10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君:生検。やってしまった!?

4月4日(水)晴れ時々曇

 

予定通りPETを受けた。

PET終了後、一泊の外泊許可が出ていた。

PET検査そのものは、一度注射があるものの、

新しい施設でいやしの空間で休む時間が多く、楽なものだった。

ただ、背中の痛みが少しあり、快眠とまではいかなかった。

 

検査終了後、検査中にS先生から連絡があり、

生研が夕方できることになったので、戻ってきてほしい、

絶飲絶食という連絡があったことを知らされる。

 

外泊のたびに戻ってこい連絡。参ったが、

検査が早くできることは良いことだ。

病院に戻るといきなり点滴。

栄養補給の。

晩ご飯まで我慢なんて易いことなのにと思った。

 

夕方呼ばれ、CT室に行く。

やさしい賢そうな女医と、優しい男性の2人ペアに、

50代くらいのおばさん看護師の3人組。

 なんと麻酔を4階も打つ。

徐々に深く。

それがなんとも怖い。

 

息を吸い、機器の中に入り、写真を見て位置決め。

麻酔針を刺すたびに機器の中に入り、順調に行っているかの画像確認。

 

4回目の麻酔は相当深く入れ、なんだか腸にささり、

ブシュブシュ音がした感じがした。

 

やってしまった!

腸管を指してしまったに違いない!

と青ざめた。

 

その直後、看護師の顔がヌッと目の前に現れ、

「ご気分大丈夫ですか?」と。

答えようもなく、鈍くうなづいてしまった。

 

今度は女医が、「ここまで順調にきていますよ」と

にこやかに。もうその言葉を信じるしかない。

 

さて、いよいよ生検本番。太い針を刺したと思うが、

これは痛くない。

中で鉗子が出るとき、「バチッ」と大きな音がするが、

これもどうってことない。

いつの間にかS先生が来ていた。

 

結局、「もう一度頑張れますか?」と女医に聞かれ、

同意し、二回行った。

「無理はやめておこう」と3回目は止めて終わった。

 

もう、汗びっしょり。

たかが針を刺すだけだと軽く考えていたが、

とんでもなかった。

おそるおそるストレッチャーに横移動。

そして病棟に戻り、ベッドに横移動。

う〜〜ん、しくしく痛む。

これでは晩飯どころではない。

結構参った。

 

痛みよりも、腸管を指してしまうリスクの恐怖にどっと疲れた。

ちなみにPETの結果も、黒の可能性が高いとのこと。