10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

ツマ子

2007年3月31日

 

朝、お母ちゃんが迎えにきてくれ、病院Ⅱへ。

 

S先生が腹部エコーをする。

右へそ脇とか右脇腹のあたり。

これだ、と測ると5センチ。

もう一つ、腎臓の入り口に2センチのが。

 

いったいどうなっているの?

青ざめる。

 

ただ、S先生は、腹部はいまいち確定できず、

消化器の先生に改めて見てもらおうと処置室へ。

 

私は部屋に戻らされた。

ネフターゼ?じゃないか、違うかなとか。

いまいち判定がつかないよう。

 

細胞診をやらないと正確にはわからないが、

腹部は腸に穴をあけるリスクがあり、危険とのこと。

PETで集積を見ることに。

 

もう胸が重い。

毎日生きた心地がしない。

 

オット君とタクシーで家に帰る。

近所の神社へ散歩。

オット君はだいぶ疲れたようだ。

 

なんかやる?といってもすることもなく、

高校野球観戦→餃子づくり。

 

一日一日、動ける時間は大切に過ごそうといっても難しい。

結局、ただ一緒にいられることが一番幸せなのかもしれない。

 

餃子、皮を伸ばすのをオット君がやる。

いつもの作業なのに、終わるとだいぶ疲れたみたいで、

38.1℃。ショックだ。

どうぞ、オット君をお守りください。

 

お風呂、脱毛の毛が凄くて、湯船の排水溝が詰まり気味。

これにも気落ちする。

 

どうぞ手術ができて、元気なオット君にしてあげてください。

どうかチャンスをください。

本当に1年生存率50%で終わってしまうの?

まだ40歳なのよ。

どうしたらいいんだろう。

 

水曜は、オット君はPET。母はCT。

検査が重なる。

母のCTも結果が怖い。

 

今日は、母は、リタイアした元役員の

元気なオジサマたちと食事会。