10年前の今日この日に。肺がんステージ4のオットのとAYA世代ツマの看病記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前の夫婦ふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します・・・・・・とやってみたのですが、1カ月分の転記で挫折。さらに時を経て、13回忌を迎えた今年、日記を転記していきます。とりあえずツマ分から。当時のAYA世代の患者家族の記録ということでアップしていきます。

2007年3月28日

今日は、入院していた病院で文書が係に診断書の依頼をだしにいった。

文書料は細かく決まっていて、

生命保険用は1万円超え。びっくり。

退院後より、入院中に書いてもらった方が、

安く済んだのかなぁ?

 

セカンドオピニオンの返事を渡しに病棟にあがっていくと、

先日、セカンドオピニオンや転院について相談にのってくれた看護師さんがいた。

「病院Ⅱはどうでした?本人はどうですか?」と。

病院Ⅱは、手術が結構アグレッシブと聞いているとのこと。

この病院や病院Ⅲでは、アグレッシブなことはやらないと言っていた。

すごい心配顔で、「奥様をたよりにされていると思います」と。

心配してくれて本当にありがたい。

また戻ったらよろしくお願いしますと挨拶をした。

 

転院先の病院Ⅱにつくと、オット君はダンベルを手に散歩。

お母ちゃんにちょうど外で会う。本屋に行くと言っていた。

 

オット君は、朝、今日はとても気分がいい、

病院が古いのも、大部屋にも慣れた、とメールがきた。

朝とても気持ちがよくて、いい気が流れている気がするって。

よかった。きっと大丈夫。

 

回診で、H先生に見てもらった。

S先生は、「明日、CTを見てからだけれど、

副腎が抗がん剤で小さくなっていたら、

効いているということでこのまま抗がん剤を続けるもあり。

ま、お楽しみに〜」みたい感じ。

あくまでネガティブではなく、チャーミングなのがいい。

 

そうそう、ロビーでコーヒを飲んでいるとき、

オット君がH先生の声をキャッチ。

H先生と話す。

 

抗がん剤をやってきたから、手術は1カ月はあけた方がいいね」って。

どうぞうまくいきますように。