10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

ツマ子

2007年3月27日

 

11:00には泥武士。

13:00には、転院組と、もう一カ所病院Ⅲへセカンドオピニオンに分かれて行動。

 

泥武士のランチはおいしくてよかった。

オット君と義父は、鯛飯と野菜の蒸し物。

私はいつもの野菜ランチ。

お母ちゃんはマグロとろろ。

 

病院Ⅲは、遠かった。

とてもきれいで広く、ガーデンもある。快適そう。

通うのは大変そうだが、別世界。

 

渡された携帯に、「中に入れ」とか、表示される。便利。

N先生は、肺だけならリンパ節が腫れていても

あばら骨2〜3本ごとエイヤーッととるけれど、副腎があるから、それもなし。

副腎にある段階で、血液を介して全身にまわっているとみる。

 

かつてはこの病院でも切除していたけれど、

結果が「全く」でなかったからやらないと言う。

 

骨転移を防ぐのは抗がん剤しかない。

骨転移したら、進行を遅らせる薬はあるし、

それは今の入院先の主治医O先生がよく知っていると。

 

それより、脳転移が心配。

でも、そんな先のことは心配するなと。

もう心置きなく、病院Ⅱだ。

 

でも、病院Ⅱでは、サブのS先生がいきなり、

「うちでは副腎転移は切除がいいというデータがあるようだが、

私は見たことがない」って。

どういうこっちゃ。

なんと説明されたんですか?って。

 

うーむ、でもよく考えた。

・手術できる可能性がステージⅣなのに、ある。

・しかも副腎にしっかりとどまっている(らしい)。

・しかも左。

 

病院ⅡのH先生が大丈夫という通りの状況が揃っている。

これをよしとせず、どうするのか。

 

オット君は手術は大変だよ、と迷っている。

何より8人部屋にショックを受けていたけれど、

私は母のときの田舎の病院をみたから、こんなものかって感じ。

 

ネット検索をすると、やはり気が重い。

切らない人は半年程度で亡くなっているという事実がある。

やはり可能性がある限り、切る方が期待が持てると思う。

 

病院Ⅲでは、「ふつう、副腎はこんなに腫れる前に気付くけれど…」とか

病院Ⅱでも、「ここまで大きいのはめったにお目にかかれない」と言っていた。

おい、オット君、一体何をやっていたんだよ。