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10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君:検査

2007年3月14日(水)晴れ

 

7時起き。またも富士山が見送ってくれている。

 

病院に向かうとトイレに行きたくなる。

やっとの思いで病院に着き、1階で用を足し、

病棟へ。

8:23くらいになってしまった。

 

検査からもう呼ばれているとのことで、急いで着替えて地下のRIへ。

まず注射。←いたくない。

そして、11:10に検査。その間、トーストをいただく。

 

骨シンチは15分くらいで終了。

そのうち昼食。

肉のかわりの魚がない。

ひじきとおひたしとごはんといちご。

栄養失調になりそうだ。

 

午後のんびりしていると、15:30頃、父ちゃん母ちゃんが来る。

食堂にいると、やがてツマ子も合流。

16:30過ぎに父ちゃん母ちゃんは帰る。

 

こっちはこんにゃく。

ラウンジのフロアならできる。

パジャマ姿なら、大概のことが許されるからありがたい。

 

17:30になると、会社のKさんとUがきてくれた。

文春、新潮のほかに「ジャンキーな雑誌」を頼んだはずが、

CREAのハワイ特集と、もう一つマニアックな大人向けのカルチャー?誌。

ボクのイメージで選んだのか? Uのセンスか?

 

フルーツは高野の特大いちごとびわ。

すごく高そうだ。

レストランでコーヒーを飲んで、30分くらいおしゃべり。

ツマ子もようやく顔合わせができた。

 

ツマ子は晩飯も付き合ってくれた。

さて、おばばの具合はどうだろうか?

夜、O先生たちがきてくれて、明日の説明は17時からとのこと。

さあ、いよいよ明日だ。