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10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

ツマ子:

2007年3月9日(金)

 

背中の痛みがひどいらしく、

昨晩今日と、ロキソニンは控え、イヴを飲む。

気管支鏡の影響ならいいが、心配。

 

13時、病院から電話。

入院が12日11:00〜にきまった。

いよいよだ!

 

どんな状態で退院出来るか分からないけれど、

治すしかない。がんばれ!

 

そういえば、昨晩読んだ新潮のテレビ欄で、

名医紹介があり、肺がん治癒85%とかいう医師がのっていた。

そのレーザーはネットでみると、早期のみのようだが、

もう少しみれば症例がでてくるのかな。

調べていたら、ある病院の副腎転移の症例を見つける。

 

入院が決まった電話をオット君にしたら、

「急だ」と戸惑っていた。

今日が入院前の最終出社になってしまった。

よく締めくくっておいで。

また元気に出社できるようになりますように。

写真を撮っておこうと思ったけれど、やめた。

 

オット君は、Kちゃんのところで髪を切ってきた。

 

夜、オット君は22:00になっても連絡なし。

会社、いろいろ思うことがあるでしょう。

あんな会社大好きな人なら、なおのこと。

また戻れるよ、がんばろう。

 

そう思いながら、時折、あと1年生きられないのかもしれないと

不安がこみ上げる。

 

母のことでみていた大腸癌の人のブログ。

発覚して2年で、ブログを見る限り、あぶなそうだ。

母より、1年くらい進んでいる感じがする。

 

母はいまのままキープするのが課題だが、

ブログの人は、2年で車椅子、緩和病棟。

母と同じ下肢むくみだけだったのが、

いまは上肢、顔までむくんでいるそうだ。

 

母がそうなるのかもしれないと考えると恐ろしいが、

オット君もそうなることがあるのだろうか。

今も全く信じられない。

調べ物とかするけれど、仕事でやっているような錯覚がある。

錯覚ならいいのに。

 

オット君の病気を話した仕事先の人から、

「夫婦の距離が縮まりませんか?」とメールがあった。

キツイこというなぁ。

 

返事が出せなかったけれど、今日、ふと思ったのは

距離が縮まるというよりは、壁ができた気もする。

 

やっぱり死を突きつけられた人と、

生き残ってしまう人の間には壁があると思う。

 

私はオット君が不安をぶちまけてきたら、

受けとめられないと思う。

私自身の将来も心配で、オット君がいなくなるのが怖くてたまらなくなるから。

 

ネットでみた、寛解した症例のように

副腎転移なら、切除すれば予後がいい、みたいな例に

オット君も当てはまってほしい。

 

5年生存率が10%なら、その10人のうちの1人になればいいんだ。

母も!

 

24時前にオット君帰宅。

昼は体調がよくても、今頃の時間になるとどっと疲れと痛みが出るらしい。

 

今日は10時にクライアントNに挨拶。

どう話したの?と聞いたら、

普通に業務の用事があり、最後にさらっと検査入院で休む、

後の人のやりくりは来週上司が説明すると話したそう。

 

ひとりで行ったので、その後、有楽町そごうの地下の

小洞天でしゅうまいを食べたとか。

行列のできる店で、おいしくて、並んで食べたんだって。

 

会社では、部員が帰る前に挨拶に来てくれたそう。

最後はMさんが日比谷まで一緒に。

一人の方が気楽でいいのになとかいいながら、ありがたいね。

 

入社して丸16年。

本当にあっけない。

どうか戻って、新たなスタートが切れますように。

 

私は転職をして、会社を辞める気持ちを味わったけれど

こんなひけ方は、どんな思いだろう。

それより今は病気とたたかくことへの思いを強くしてるのかな。

 

そうそう。

クライアントにはさらっと挨拶をしたというところ、

「まさかがんとは向こうも思わないだろうから、あっさりね」と。

そうだよ、まさかだよ。頼むよ。