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10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君:なんとかなるさ!

2007年3月4日 晴れ ポカポカ

 

お母ちゃんからの電話で、10:30に起こされる。

二度寝しようと思ったが、起きてしまおう。11:00だけれど。

 

ツマ子がいっぱい調べて暮れている中で、

ネガティブなものにも相当出くわしながらも耐えてくれていることと思う。

(2003年手術肺がん副腎転移で、まだ生きているというのを見つけたと。

ツマ子のメールは心強い)

 

俺はポジティブな情報のみを知って、より前向きに頑張ろう。

若いし体力も十分にある。なんとかなるさ!

 

13時過ぎに父ちゃん、母ちゃんが来た。

「3人で話すこともいろいろあるでしょ」と、ツマ子は一足早くスポーツクラブに。

 

俺しかいないことで、2人は拍子抜けしたというか、

「そんなに気を遣わんでも良いのに」と言っていた。

言うのももっともだと思ったが、とにかく3人で昼を食べた。

 

混ぜご飯、キムチ、サラダ、白菜の漬け物、味噌汁などなど。

 

一服して散歩することにした。

公演から山の上の住宅街〜商店街と歩き、ケーキを買い、帰宅。

なんだかんだと1時間近くだろうか。

 

帰ったら弥生賞。そして女子ゴルフ。

そのうちツマ子が帰ってきた。

 

アップルパイを買ってきてくれたので、デザートだらけに。

 

みんなでケーキを食べた後、父、母は帰っていった。

とても暖かく、良い天気だったが、ツマ子の機嫌がすぐれず、変な一日だった。

3人で話す話なんて、墓の話ぐらいしか思いつかないが…。

 

夜、びわ温灸をやってみる。

なんか良さそうではあるが、背中の右上の痛みが邪魔をする。