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10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君:ついに大病院に行く

2007年3月2日(金曜)

 

ついに、G病院に行く日がやってきた。

 

行き慣れたところなのに、不思議と少し違うように見える。

ツマ子と、母ちゃんも一緒。

 

O先生に初めて会う。

色々問診かなと思ったら、いきなり検査。

血液静脈、動脈、尿、レントゲン。

 

終わって先生のところに戻ると説明。

やはり肺がんが副腎に転移している可能性が極めて高いとのこと。

ずっと変わらない。

 

その後、造影剤入りCT、心電図、肺機能検査を行い、

RI予約、入院予約をして終了。

 

7種類の検査、3本の注射には疲れた。早く注射に慣れないと。

肺活量が5000以上あったのには少しホッとした。

 

1階に戻ると、叔父のSがきた。

病院のレストランで食事をしているとのこと。会計後に追いかける。

海老フライ定食の大盛りにしたが、海老が長細い。

 

みんなと分かれて会社へ。

ミーティングに出るが、眠い。

その後片付け。片付けは完了した。

 

その後、健康管理室に、フィルムを持って報告に。

 

入院は3/12の週からの予定だから、あと1週間、出社チャンスがある。

 

21時前に帰宅。

消耗が激しくなったのか、検査疲れなのか、やたら眠い。

でもなんだかんだいって、『特命係長只野仁』を見て、空耳を聴いて、

もう1時過ぎて日記を書いている。

 

眠さに加えて、背中?背骨?の痛みが少しある。

思い起こしてみると、肘をついてあごを支えていたのは秋?冬?

 

当時は頸椎症という診断があったけれど、からだはそれも関係あったのだろうか。

 

ロキソニンに加えて座薬も出たが、そんなに痛みは進行するのだろうか?

 

ま、とにかく今日はようやくG病院でデビューをしたスタートの日。

 

これから頑張ろう。