10年前の今日この日に。闘病の記録

2007年3月。ずっと続くと思っていた当たり前の毎日が一変しました。40歳になったばかりの夫に、まさかのがんの診断。あの日、何があったんだろう、何を感じていたんだろう。10年前のふたりそれぞれの日記・記録を、2017年の同じ日付の日に。「あのとき」を改めて読み返します。

オット君

2007年4月7日(土曜)

 

この日になっても、オババこと、ツマ子の母が

温泉に行くのか行かないのかはっきりしない。

 

これが理由で、自然食品の店にいく散歩の途中、

ツマ子と本格的なケンカとなった。

前日あたりから、俺は右足の裏が痛み、

早く歩けなかったが、ツマ子はすたすた行ってしまい、

とうとう神社のあたりではぐれた。

自然食品の店に行っても、いない。

 

右足が痛いので、よたよた帰った。

家にツマ子はまだ帰っていなかった。

俺はカギを取り、自転車で図書館に。

 

同居といのは、なかなか難しいものである。

気を遣って世話をしようとするオババと、

世話をされたくない俺。

ま、話して伝えていくしかないな。

オット君:生検の結果

2007年4月6日(金)

 

15時に病院に戻る。

 

S先生がきて、「生検の結果、黒。

手術は勧めず、前の病院とやりとりをする方向」と。

 

残念だが、仕方ない。

ツマ子はとても残念がっていた。

 

しかし、その後、またS先生がきて、

「実はH先生がまだ断念していないんですよ」と。

 

いろいろ聞くと、「H先生はキケンですよ。この病院はカゲキですから」

と、彼は何でも話してくれた。

 

夕飯前に、H先生による回診。

なにやら昨日とった細胞をもっと調べるので、

数日待ってくれとのこと。

結局、結果は翌週火曜日になる。

 

さぁ、それまでまた外泊。

 

今度は連泊だ。本格的にリフレッシュしよう。

日月で温泉でも行ってみようかな?

オット君:引っ越し1周年

2007年4月5日(木)

 

今日は一泊外泊許可だが、朝、まだまだしくしく痛む。

 

S先生に勧められ、血液検査とレントゲンを行い、

異常ないことを確認して朝食を摂ることになった。

 

とにかく、4回目の麻酔の時のあのブシューー。

が気になって気になって仕方がない。

 

あの時現場で言えば良かったが、それにより医師陣が

動揺したりするのがもっと怖くて言えなかった。

 

まったく生検ごときでこれでは手術が思いやられる。

異常なしがわかり、おそるおそる朝食、昼食を。

 

1時にお母ちゃんが迎えに来てくれる。

自然食品の店に寄り、家に戻る。

 

今日は引っ越し一周年だ。

我が家で迎えられた事はとてもうれしい。

ツマ子

2007年4月4日

 

母、10時にCTの結果と抗がん剤

 

オット君はPET後、外泊するというので、

家を慌てて片付け、抜け毛対策をする。

 

出がけにS先生から電話。

今日、外泊OKを出したけれど、針を刺す先生が今日夕方OKなので、

早く診断をつけたいから、今日戻ってきてほしいという。

 

前の病院で、診断書ができたので見ると、

すごい下手な字でぴょろぴょろ〜tp。

これで15000円かぁ。

 

母の外来は、すぐ呼ばれたので、結果がよかったのかなと思ったが、

横ばいで安堵。

白血球も3100。

「本当?」と母とふたりで顔を見合わせ、これも安堵。

もっと数値が低くて、抗がん剤ができないかもとも思っていた。

 

抗がん剤中は、「薬剤師さんにお話できると、気持ちが明るくなる〜」と

母は楽しくおしゃべり。

「先生と違って、薬剤師のぼくたちはいいとこどりなんです。

比較的時間もあるので、いつでも」と言ってくれていた。

 

「6月にアバスチンがでるから、それまでオキサリプラチンが効くように、

オキサリプラチンの副作用も軽い方なので、

なんとかやっていきましょう」と。

 

オキサリプラチンの副作用の足のしびれは、あると歩けないわけではなく、

おぼつかない、と言う感覚で、「私は、しびれが手だけで良かった」

と話していたら、夜、早速足がしびれて大慌て。

 

外に出るとザーザー降り。

タクシーで駅まで。

「心で運転するドライバーです」なんて書いてあったけれど、

運転へたくそでふわんふわんに揺れた。

 

帰ると、オット君からメール。

「今日はとても疲れた、お茶も食事もできない。

点滴しているから、病院にこなくていいよ。おばばと居て」と。

言葉に甘える。

 

義母からは、オット君が「針を刺す検査が大変だったみたいで元気がない。

朝から元気なくさびしそうだ。検査結果はあさって昼分かる」とのこと。

 

夜、母は、コンニャク湿布をしながらイビキ。

柑橘を食べたら「これ、甘くておいしい、生き返った」。

ご飯を食べると「元気出てきた」とか。

頑張り屋さんだなぁ。

 

しかし、腰はだいぶ痛いみたい。

痛み止めと睡眠薬、どちらを飲もうか迷っていた。

 

連れ子のような、抗がん剤のペットボトルがあるので、

マッサージは足を中心に。

 

脇のリンパなど、上半身のマッサージをしなかったら、どうも戻りが悪い。

背中をさすってからまた足に戻ると、意外や足の浮腫がスッキリして驚いた。

「終わり」と言っても反応がないので、「寝ちゃったの?」ときくと

「気持ちいい〜〜♪」とゴロゴロしている。

自分でセルフマッサージだと疲れるし、

お腹がよじれてストマ袋が心配だし、と。

お役に立ててよかったわ。

 

そうそう、戸籍の名前の漢字が間違っていてビックリした。

 

 

 

 

オット君:生検。やってしまった!?

4月4日(水)晴れ時々曇

 

予定通りPETを受けた。

PET終了後、一泊の外泊許可が出ていた。

PET検査そのものは、一度注射があるものの、

新しい施設でいやしの空間で休む時間が多く、楽なものだった。

ただ、背中の痛みが少しあり、快眠とまではいかなかった。

 

検査終了後、検査中にS先生から連絡があり、

生研が夕方できることになったので、戻ってきてほしい、

絶飲絶食という連絡があったことを知らされる。

 

外泊のたびに戻ってこい連絡。参ったが、

検査が早くできることは良いことだ。

病院に戻るといきなり点滴。

栄養補給の。

晩ご飯まで我慢なんて易いことなのにと思った。

 

夕方呼ばれ、CT室に行く。

やさしい賢そうな女医と、優しい男性の2人ペアに、

50代くらいのおばさん看護師の3人組。

 なんと麻酔を4階も打つ。

徐々に深く。

それがなんとも怖い。

 

息を吸い、機器の中に入り、写真を見て位置決め。

麻酔針を刺すたびに機器の中に入り、順調に行っているかの画像確認。

 

4回目の麻酔は相当深く入れ、なんだか腸にささり、

ブシュブシュ音がした感じがした。

 

やってしまった!

腸管を指してしまったに違いない!

と青ざめた。

 

その直後、看護師の顔がヌッと目の前に現れ、

「ご気分大丈夫ですか?」と。

答えようもなく、鈍くうなづいてしまった。

 

今度は女医が、「ここまで順調にきていますよ」と

にこやかに。もうその言葉を信じるしかない。

 

さて、いよいよ生検本番。太い針を刺したと思うが、

これは痛くない。

中で鉗子が出るとき、「バチッ」と大きな音がするが、

これもどうってことない。

いつの間にかS先生が来ていた。

 

結局、「もう一度頑張れますか?」と女医に聞かれ、

同意し、二回行った。

「無理はやめておこう」と3回目は止めて終わった。

 

もう、汗びっしょり。

たかが針を刺すだけだと軽く考えていたが、

とんでもなかった。

おそるおそるストレッチャーに横移動。

そして病棟に戻り、ベッドに横移動。

う〜〜ん、しくしく痛む。

これでは晩飯どころではない。

結構参った。

 

痛みよりも、腸管を指してしまうリスクの恐怖にどっと疲れた。

ちなみにPETの結果も、黒の可能性が高いとのこと。

 

ツマ子

2007年4月3日

 

母とオット君の入院先へ。

 

到着すると、オット君はぐっすり。

気管支鏡で疲れたようだ。

 

義母は、こんなに疲れてでも手術できないなら

もう他の検査はキャンセルして元の病院に行こうと怒り気味。

私が責められているようだ。

 

明日、抗がん剤治療を受ける母は、

起きたオット君に、「私、明日、阿弥陀如来様なの」と言って、

オット君に「薬師如来様でしょ」と突っ込まれたらしい。

 

回診前の廊下の一角で打ち合わせをしていた主治医をつかまえ、

手術できる可能性がないなら、本人の消耗が激しいので

抗がん剤に戻りたい、というと、先生は私の目をじっと見据え、

「左副腎だけなら、予定通り切る。

でも少し疑しいのがあるから、確認するからもう少し時間をください。

ここまでやって途中でやめてはもったいない。

今できることをとにかくやりましょう」と。

 

夜8時前、S先生が来て、CT画像を見せてくれる。

今日とは思わなかったので、慌てた。

 

しっかり画像を見るのは怖かったが、S先生は

「がんばって辛い思いをして、自分の体のデータを取ったのに、

見ないのはもったいない」と。

 

オット君も見たいと言い、見ることに。

 

左副腎

大きさは3月2日のCTの1.2倍。

急激にこれほど腫瘍が大きくなるのはありえないので、

すべて腫瘍ではなく、炎症による腫れもあると考えるのが妥当

 

右の腸

大きくなっていて、かなり疑わしいが、

左の腸と見え方が違っているから

もしかすると癌ではないかも。

 

今日、全体カンファレンスがあり、そういう話になったという。

この病院は、これが安心だ。

 

3月2日のCTは、腸の影は、目玉焼きの上の上に黒丸、つまり腸があったが、

今回のは見あたらない。

大きくなったため、腸が上下どちらかに動いたみたい。

これなら刺して細胞診ができるとのこと。

 

そしてさらに右腎臓入口の2センチ。

これはグレーとのこと。

ああ。オット君をお守りください。

 

オット君:CTの見立てと細胞診説明

2007年4月3日

説明

 

腸管、目玉焼き風、大きさが違う。

前の病院のCTはレ点が入り、腸管が分かりにくい。

経過をみると大きくなっているから腸ではなく、腫瘍かも。

でも腸管の影によく似ている。怪しい。

 

右腎臓は、先がコブ状。怪しい。

左副腎はまだら上。こちらはグレー。

腸はまだらではないので、腫瘍ではない可能性もある。

 

細胞診。

針を刺すことになる。

怪しいところとの間に腸がなければ問題ないが、

腸に針がささり、内容物が出ると炎症を起こして大変。

こうなると開腹になる。

CTを取りながら、針を刺していく。

 

画像で見る限り、怪しいが断定はできない。

PET→針→悪性か判断。

 

肺の腫瘍は、すでに大きく、肺にスペースがあまりないから

大きさもあまり変わらない。

 

腫瘍は、出血等で炎症を起こし、急激に大きくなったと考えられる。